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呪文が破り取られたスペルブック
¥2,200
旧き魔法の継承は通常口伝だが、複雑化・体系化に伴い筆記での伝承も認められることとなる。 若き魔術師は、才能のある孤児を拾った。 自らの魔力を織り込んだスペルブック。その一ページ目に、基礎となる一番弱い火の呪文を不死鳥の羽ペンで記す。 「この文字をゆっくり唱えてみたまえ」 魔法の才覚がなければ、呪文を読むことすらままならない。しかし孤児は、赤いインクで綴られた力ある文字を一目で理解し、発音することができた。 孤児を中心に、辺り一面が炎に包まれた。 小さな彼が持つ魔力が、若き魔法使いの想像を超えていたのだ。 肉の焼けこげる異臭の中で、既に黒い炭と化した孤児に向かってひたすら謝りながら魔法使いは息絶えた。 不死鳥の羽ペンで綴られたスペルブックは、その場で燃えては復活しを繰り返す。 因果な物品にほとほと困り果てていた持ち主から私が買い取り、最初の数ページを熱に耐えながら引き裂いた。 その時から、スペルブックは燃えることがなくなる。魔力も残りかすほどしか感じない。 破られた箇所が再生することは、ついぞなかった。 ※この説明文はフィクションです。
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ぬいぐるみを食べたフェイクグリーン
¥550
若い女性から引き取ったものである。 水やりの要らないフェイクグリーンでありながらも、毎日声をかけてかわいがっていた。 枕元に飾っており、隣には恋人からもらったウサギのぬいぐるみが置いてあったという。 しかし、恋人の不貞により別れてしまった。彼女は泣きながら家にある思い出の品を処分したが、ぬいぐるみだけはどうしても捨てられない。 初めてのデートで、彼がクレーンゲームで取ってくれた大事なものだからだ。 結局ぬいぐるみを処分できずに眠った夜、ゴソゴソと物音がする。不審者かと思い飛び起きた。物音は枕元からするが、明らかに人間の気配ではない。 フェイクグリーンが、天井まで伸びていた。ウサギのぬいぐるみを太い葉肉でつかみ取ると、ギザギザの歯が生えそろった大きな口で咀嚼し始めた。 気が付くと彼女はベッドで寝ていた。嫌な夢を見た、とため息をつきながら枕元を見る。 ウサギのぬいぐるみは忽然と姿を消し、フェイクグリーンだけがそこに鎮座していた。 ウサギの目の部分の茶色いボタンが、葉肉にひっかかっていた。 ※このストーリーはフィクションです。
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心中フレグランス
¥2,200
「このフレグランスを好きな相手に贈ると、まったく同じ時刻に死ねる」という噂が流れていた。 危険物を回収すべく、目撃情報のある海辺の町に向かう。 病院で聞き込みをしていると、男女が運ばれてきた。 男は心臓のあたりから血を流している。おそらく即死だろう。 女は身体中びっしょりと濡れていた。青白い顔だが、満足そうな笑みを浮かべていた。 私は少々後ろ暗い方法を使い、警察の現場検証が終えた後の男の自宅からこのフレグランスを回収した。 海を模したビンの中に、一際鋭く尖った貝が見える。 二人は死によって結ばれたのか、はてさて。 海にほど近い男の部屋には、潮の香りではなく、ベルガモットのスパイシーな香りが濃厚にただよっていた。 ……ベルガモットの花言葉は、「燃える思い 燃え続ける想い 身を焦がす恋」である。 私が呪いを解除すると、フレグランスの表面にじわじわと赤い色が浮かび上がってきた。 その色の意味は、推して知るべし。 さらにはスイッチを入れていないのに、橙色の明かりがつき、そして消えた。 このフレグランスが人を殺すことはもうないだろう。 ※この説明文はフィクションです。